(旧 たびかけ記事)

(京都|四条烏丸~御池 西周辺)祇園祭後祭の宵山

今年の祇園祭前祭の宵山から山鉾巡行にかけて3連休と重なり、それはすごい人だったようだ。

祇園祭はもともと平安時代に病魔退散を祈願した祇園御霊会が起源だといわれている。

日本三大祭の一つに数えられ、世界文化遺産にも登録されている。

そして、2014年には49年ぶりに後祭が復活した。

残念ながら今年は前祭には訪れられなかったので、後祭の宵山を見物してきた。

夜で暗く、またカバーをかぶせてあるものもあり、撮った写真はほとんどが提灯である。

まず見たのは鯉山。

山の奥には素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祭られている。

山を飾る布は16世紀にベルギーで製作されたものを使っており、重要文化財に指定されている。

次に見たのが黒主山。

平安時代の六歌仙の一人、大伴黒主が桜の花を仰ぎ眺めている姿を現している。

山には桜も飾られており、粽(ちまき)と同様、魔除けの効果があるといわれている。

役行者山。

言わずと知れた修験道の開祖、役行者。

そして一言主神と葛城神の三体がご神体の山。

正面に役行者が座し、左右に一言主神と葛城神がおられる。

鈴鹿山。

鈴鹿権現を祀っている。

伊勢国鈴鹿山で道行く人を苦しめていた悪鬼を退治したという瀬織津姫のことで、水神や祓神として知られる祓戸四神の一柱の女神。

「五瓜に唐花紋」がそろっていて奇麗だった、浄妙山。

何か向きをそろえる工夫でもしてるのかな。

平家物語の橋合戦に由来する山。

宇治川の源平合戦での三井寺の僧兵筒井浄妙と一来法師とのやりとりを表現している。

前懸、後懸には智積院所蔵の長谷川等伯、久蔵親子の桜図、楓図がある。

八幡山。

八幡山は町内に祀られている八幡宮を勧請したものである。

朱鳥居の上には左甚五郎作の木彫胡粉彩色のハトが飾られている。

北観音山。

上り観音山ともいわれる。山の舞台には楊柳観音像と韋駄天像を安置する山。

巡行のときには柳の枝を差し出しており、諸病を癒す楊柳観音にちなんでいる。

ちょうど見に行ったときにはお囃子が聞こえてきていた。

橋弁慶山。

弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う姿を現している。

謡曲「橋弁慶」を題材にしているらしい。

南観音山。

ご神体は楊柳観音と善財童子である。

南観音山はあばれ観音という行事も行われ、後祭前日の深夜にご神体の楊柳観音を神輿にくくりつけて揺らしながら町内を3周する。

由来はよくわかっておらず諸説ある。

後祭の巡行の際に静かにしてもらうため暴れさせるとも、暴れさせることで北観音山の観音様への恋心を冷めさせるとも言われている。

ふと上を見上げると松に鳩がとまっていた。

知らなかったのだが、調べてみると、北山観音には木彫の尾長鳥、南山観音には鳩がとまっているそうだ。

この日は一眼レフを持っていなかったため、拡大すると画質が荒い。

残念。

最後に、大船鉾。

神功皇后の朝鮮出兵伝説にちなんでいる。

屋形中央に神功皇后、前部に住吉明神、艫部(ともぶ)に操舵手の鹿島明神、舳先(へさき)に龍神安曇磯良の四神を安置する。

幕末に焼失していたが、2014年の後祭巡行で復活を果たした。

また途中、木村英輝の作品も見かけた。

木村英輝といえば青蓮院門跡の華頂殿の襖絵が有名だが、京都市動物園、かつくら、関西国際空港、その他さまざまな場所で彼の作品を見かける。

彼の作品はダイナミックで勢いがあって好きである。

「この作品は祇園會・無病息災と誉田屋源兵衛創業279年を慶ぶ279匹の鯉たちが時空を舞う。」と書いてあった。

サインには2008.5.5とあったが、毎年一匹ずつ鯉を書き足しているようだ。

前祭ほど山鉾の数はないが、それでもこれだけのボリュームである。

祇園祭の期間はなんだか京都の空気が熱を帯びているように感じる。

これぞ夏の京都。

●祇園祭後祭

日時:

宵山 2017年 7/21(金) ~ 7/23(日)

巡行 2017年 7/24(月) 9:30 ~

最寄り駅:地下鉄 四条・烏丸、阪急 烏丸・河原町

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