(旧 たびかけ記事)

(京都・鷹峯|源光庵)丸と四角の窓、禅の心に触れる

京都は鷹峯。京の七口の一つである長坂口から丹波、若狭へと続く鯖街道の入り口にあたる場所である。

その鷹峯にある源光庵(正式には鷹峰山寶樹林源光庵)は1346年、臨済宗大本山大徳寺の二代徹翁国師によって開創。1694年に加賀大乗寺二十七代 卍山道白禅師によって曹洞宗へと改宗された寺である。

本尊は釈迦牟尼仏。

↓中門

受付の前の部屋にはお茶の製造に使われていたという焙炉(ほいろ)があった。

焙炉とは製茶の際に茶葉を弱く加熱して乾燥させつつ作業をすることができる作業台のようなものである。

当時の蒸した茶を炭火で乾燥させながらもんでいたところを想像してみる。

源光庵でもっとも有名なのが、丸と四角の窓だろう。

窓から庭の青紅葉が見えていて、とても絵になる。

秋の紅葉時期は特に人気なのだそうだ。

丸い窓は悟りの窓といい、禅の円通の心を表しており、大宇宙を表現しているという。

円通(えんつう/えんづう)、真理がすべてに行き渡り妨げのない境地、仏の知恵がすべてに及んでいること。

四角い窓は迷いの窓といい、人の生涯、生老病死の四苦八苦を表現している。

生老病死(しょうろうびょうし)はそのまま、生まれること、老いること、病むこと、死ぬことの4つの苦である。

四苦八苦の八苦はこの四苦に愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)の4つを加える。

つまり愛するものと別離すること、恨み憎んでいるものと会うこと、求めるものが得られないこと、五蘊が思うままにならないこと。

五蘊(ごうん)とは色(肉体)、受(感覚)、想(想像)、行(意志)、識(意識)のこと。

※にわか知識なので間違いがあればご指摘ください。

こんなことを考えていると、人間、生きることは苦しみばかりだと思ってしまう。

それはそれとして、窓から映る景色を心静かに楽しんだ。

この日はよくトカゲを見かけた。

源光庵でもう一つ有名なのが、血天井である。

1600年、つまり関ヶ原の戦いがあった年だが、その戦よりも少し前、徳川家康は石田光成を誘うために関東へと出陣する。そのとき部下にして竹馬の友の鳥居元忠に謝る。

自分が出陣したら、三成は動き伏見城を落とすだろうと。そうなればここに留まる元忠は確実に死ぬことになる。

だが、元忠は覚悟を決めていた。

果たして、石田光成を中心とした反家康派が伏見城を攻めてきた。その軍勢は4万。対して鳥居元忠の軍は1800人余り。

それでも鳥居元忠は突入を三度にわたって阻止し、家康のために時間を稼ぐ。

しかし多勢に無勢、ついに伏見城は落とされ、残った兵380人余が伏見城の中で自決をした。

その後、鳥居元忠たちの遺体は関ヶ原の戦いが終わるまで、その後2か月以上放置されていた。

その凄惨な血痕や手跡足跡、顔跡や鎧のあとが染みついた廊下の板をいくつかの寺の天井の張り板として、供養した。

それがこの血天井である。

先ほどの写真の手形と足形の部分を拡大した。

伏見城の血天井はほかに養源院や宝泉院などでも見ることができる。

以前、宝泉院ではみたことがある。

最後にご朱印もいただいた。

電車で来るには遠いので、交通手段は車かバスかタクシーがメインになるだろう。

少し足が延ばしにくい場所にあるが、その分、他の観光地よりもすいているためのんびりと過ごすことができる。

アクセス:市バス「鷹峯源光庵前」から徒歩一分

四条大宮から6系統、北大路バスターミナルから北1系統など

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